不妊症の原因を明らかにしたら、それに適した方法で治療が始まります。不妊症の主な治療は、以下のようになります。
無月経や月経不順、黄体機能不全など、卵胞発育、排卵に問題がある方には、排卵誘発薬を使用して治療します。
クロミフェンは、脳からの LH、FSH の分泌を促進し、卵胞を発育させる薬です。月経周期の 5 日目から 5 日間内服します。排卵期に来院していただき、経腟超音波にて卵胞の発育状態を観察し、卵胞の大きさによって排卵日を推定して、性交のタイミングを指導します。あるいは、LH 作用のあるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)を注射して排卵を促します。
クロミフェンは内服薬であり、通院の回数が少なく簡便に治療できる方法で、排卵率も良好です。ただし、長期に渡り使用するとかえって妊娠しなくなるので、クロミフェンの使用は6か月~1年を上限として、ゴナドトロピン療法に移行します。
クロミフェン療法で妊娠しない方や、第2度無月経(表8)の方に行う治療法です。卵胞発育作用の強いヒト閉経後ゴナドトロピン(hMG)を注射して卵胞の発育を促し、卵胞が一定の大きさに発育したら、排卵作用のあるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)を注射して排卵を誘発する方法です。月経周期の5日目頃から投与を開始しますが、連日の注射のため、また頻回の超音波検査や血液検査を行う必要があるため、頻回な通院が必要となります。効果が高い反面、多胎妊娠や卵巣過剰刺激症候群などの副作用が発生する場合があるので、投与量、投与方法を工夫することによって、個人の状態に応じた治療方法を選択します。
高プロラクチン血症が原因の排卵障害患者では、血液中のプロラクチン濃度を正常に戻すと排卵が回復します。
高プロラクチン血症は原因によって治療法が異なりますが、薬剤の副作用によるものなら、その薬を中止するか変更します。甲状腺の働きが悪い場合にも高プロラクチン血症になりますが、この場合は、甲状腺ホルモンの補充が有効です。
下垂体腫瘍が原因で手術が適切でない方や、原因が分からない方には、ドパミン作動薬と呼ばれる薬を使います。この薬は脳の下垂体にはたらき、プロラクチンの分泌を直接的に低下させ、排卵を回復させます。少し吐き気が出ることがありますので、薬の種類や内服方法を相談しましょう。
卵胞を発育させる注射を行い、卵巣が過剰に反応して多数の卵胞が発育した状態で排卵を促す注射行うと、卵巣がさらに過剰に反応して腫大してしまいます。これを卵巣過剰刺激症候群といいます。
軽症の場合は、腹部膨満、腹痛などの症状のみ、あるいは無症状のこともありますが、重症の場合は血液中の水分が血管の外に移行し、腹水や胸水がたまったり、血液の濃縮が進んで尿が出にくくなり、また血栓症(脳梗塞、心筋梗塞など)を起こすことがあります。発生頻度は、約12~40%です(表9,表10)。
多数の卵胞が同時に排卵することによって、双子、三つ子などの多胎妊娠が起こりやすくなります。発生頻度は約20%です。多胎妊娠では、妊娠中の合併症のリスクが高くなります。
最近は、ゴナドトロピンの投与量、投与方法を工夫することによって、OHSS や多胎妊娠などの副作用は半減しています。多数の卵胞が発育した周期には、治療を中断する場合もあります。
人工授精とは、受精を目的に人工的に精子を女性性器内へ注入することをいいます。精液の性状が不良な場合(数が少ない、運動率がよくないなど)、頸管粘液が少ない場合、抗精子抗体が陽性の場合、性交障害がある場合などに実施されます。
具体的には、細いチューブを子宮腔内に挿入し、そこから精液を子宮腔内に注入します。注入後は、お尻の位置を少し高くした状態で、約20~30分間安静にしていただきます。
クラミジアは肺炎、生殖器・骨盤内の炎症をおこす病原体の一種です。生殖器・骨盤内に感染するタイプは症状が軽いことが多いため、最近大変流行しています。
女性の場合の症状は、おりものの増加や下腹部痛があります。放っておくと、子宮や卵管に炎症がおよび、卵管がつまったりその周囲が癒着して不妊の原因となります。
そこで不妊症の検査では、子宮頸部からクラミジアそのものを検出する方法と血液検査を行い、感染の有無を判定しますが、感染が明らかな場合だけではなく、感染の可能性が否定できない場合にも治療として抗生剤を2週間内服していただきます。クラミジアは性行為により感染しますので、ご夫婦同時に服用していただくことになります。飲み忘れがないようにしっかり治療しておきましょう。
卵管やその周囲に既に癒着があると、抗生剤を飲んでも元に戻りません。その場合は腹腔鏡や手術で癒着をなおしたり、体外受精が必要となる場合があります。
子宮筋腫は子宮の筋層にできる良性の腫瘍で、女性の 20~ 30 % に発生するポピュラーな疾患です。子宮筋腫が、特に子宮の内腔に突出するようなかたちで発生すると、子宮内腔が変形し、受精卵が着床しにくくなります(図 14)。
不妊の場合の子宮筋腫の治療法は、手術による「子宮筋腫核出術」が主なものです。開腹し、子宮筋腫だけを子宮から「くり抜き」ます。子宮腔に突出した子宮筋腫だけの場合は、開腹せずに子宮鏡を用いて腟から子宮鏡下に切除できることがあります。子宮筋腫が原因の不妊症の方では、筋腫を取り除くとその後 1 年以内に 50 ~ 70 % の方が妊娠します。
子宮腔のかたちを変形させる原因として、子宮筋腫以外に子宮内膜ポリープなどがあります。子宮内膜ポリープも、子宮腔内に突出したポリープを子宮鏡を用いて削り取ります。
双角子宮などの子宮のかたちの異常では、開腹により形成術を行います。
子宮内膜症では、子宮内膜のような組織が子宮の内腔以外の場所、例えば子宮や腹膜の表面や卵巣にできる病気で、進行すると癒着により卵管をつまらせたり、卵への直接的な障害で不妊症の原因になります。
内膜症の治療には、手術とホルモン療法の 2 つの治療法があります。
手術では、内膜症の病変を電気メスで凝固、焼灼したり癒着を剥離します。同時に卵管の通過性を肉眼的に確認します。さらに、腹腔内を生理食塩水で洗浄することによって、お腹の中を「リフレッシュ」させます。
ホルモン療法は、「GnRH アゴニスト」という薬を用いて、子宮内膜症を進行させる原因であるエストロゲンの分泌を抑え、一時的に子宮内膜症を軽快させますが、排卵を抑制するために妊娠できず、6 か月の治療終了後にも妊娠率は上がりませんので、不妊の治療としての効果はありません。また、治療中は女性ホルモンの分泌が低下し、閉経後の状態に近くなり、副作用として、のぼせ、ほてり、発汗、肩こり、頭痛、などの「更年期症状」が出現しやすくなります。薬を中止すると、こういった副作用は消失します。
不妊症のスクリーニング検査で、異常が発見できない場合に原因不明不妊と診断されます。頻度は、全不妊患者の10 ~ 20 % といわれています。
治療としては、以下のような方針となります(図 15)。
過排卵誘発療法では、クロミフェンやゴナドトロピン製剤の排卵誘発薬を適量使用し、ホルモン状態をよくして排卵数を 2 ~ 3 個以内にコントロールします。妊娠が認められない場合は、原則として腹腔鏡検査の施行がすすめられます。腹腔鏡を受けた方が術後 6 ~ 9 週以内に妊娠する確率は、約 50 % といわれています。また、人工授精の併用は妊娠率を向上させます。
腹腔鏡は、不妊症例の検査および治療法の一つとして非常に大切で、現在広く行われています。
手術の一種なので、不妊の方全員に行うわけではありません。どのような場合に行われるかを、表11に示します。
方法は、全身麻酔下に臍の少し上からカメラを挿入し、腹腔内を観察します。卵巣、卵管、子宮の周囲に癒着があった場合は癒着剥離を行ったり、子宮内膜症があれば焼灼します。卵管の通過性を調べるため、子宮側からチューブを通して下から青色の色素を注入する検査も行います。また、腹腔内を大量の生理食塩水で洗浄します。腹腔鏡を行った後は、妊娠率が向上するといわれています。
体外受精 - 胚移植では卵巣から直接卵子を体外に取り出し(採卵)、卵子と精子を培養液の中でいっしょに培養して受精させ(媒精)、受精卵が胚に成長した時点で子宮内に戻します(胚移植)。
体外受精での妊娠率(移植胚妊娠率)は 25 %、挙児率は 17 %です。
体外受精は、軽度の精子減少がみられる方に対しては有用な治療法ですが、高度な精子減少においては受精卵が得られないことがあります。また、精液の所見が正常であっても、体外受精で全く受精の認められない場合もあります。このような場合の治療法として、顕微授精という方法があります。
顕微授精(卵細胞質内精子注入法)では、顕微鏡で見ながら、細い針に吸った精子を卵子に直接注入して受精させます。
顕微授精の妊娠率は 26 %、挙児率は 19 %で、体外受精に劣らない成績をおさめています。